コパンは近隣都市との交易により発展しました
グーグルアースで見るコパンのマヤ遺跡
パレンケが衰退の途をたどり始めると、それに代わるようにホンジュラス西部にあるコパンが台頭してきました。
コパンは海抜600メートルほどの盆地に位置し、コパン川が流れる北岸の肥沃な土地にはマヤ文明を代表する都市国家が形成されていきました。
夥しい数の石碑や祭壇を持った広場がある都市の中心部には、無数の象形文字を刻んだピラミッド状の神殿や神官の住居などが次々と構築されていきました。
コパンは、マヤの都市群の中にあってはさほど大きな都市ではありませんでしたが、翡翠などの天然資源に恵まれていたので近隣の都市との交易により街は発展していきました。
神聖文字の階段
神聖文字の階段は、ピラミッドに刻まれた階段でコパン遺跡なかでも学術的な価値をもつものとして話題になりました。
高さ約30メートルある階段には、古代の象形文字が刻まれ、要所には彫像が配置されています。
マヤ文字は主に暦を表すために使われ、敵に争いを仕掛ける日なども天体の観測によって占っていたことがわかっています。
球技場
コパンの名物の一つにオウムの頭部の石像が配置されている球技場があります。
競技をおこなうグランドの両翼が斜面になっていて、その上に観覧席と思しきアーチ状の建造物がついています。
マヤはゴムの生産が豊富で、ゴムボールを使用した球技が古くから行われていたようです。
世界遺産登録基準
コパンのマヤ遺跡は、世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと認められて、1980年9月に登録がなされました。なお、英文の邦訳は社団法人日本ユネスコ協会連盟オフィシャルサイト掲載のものをそのまま引用しています。
(iv) 人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体または景観に関する優れた見本であること。
(vi) 顕著で普遍的な価値をもつ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または明白な関連があること(ただし、この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。

