ペルセポリスはペルシャ帝国の首都でした。
グーグルアースで見るペルセポリス
ペルシャ帝国
ペルシャ帝国は、古代オリエントに紀元前6世紀ころ栄華を極めた巨大帝国です。
紀元前522年に即位したダレイオス1世の治世下でその絶頂期を迎えましたが、当時帝国が所有する領土は、インダス川流域から、マケドニアやエチォピァに至るまでの広大なものでした。
首都ペルセポリス
ペルシャ帝国の首都は、現在のイランの山麓に築かれたペルセポリスです。
ペルセポリスは、ダレイオス1世が紀元前520年から帝国の新たな首都として鍬入れをした後、歴代の王によって随時増改築が施されていきました。
ペルセポリスの宮殿群は、無垢の岩盤を穿った南北約450メートル、東西約300メートルの土台の上に築かれています。
しかしながら、ペルセポリスは首都ではありましたが、ペルシャ帝国にはこのほかにも行政上の都市として4つの王都があり、王は執務に多忙でありましたから、そこに王が滞在するのは何かしら特別な宗教儀式などのある場合に限られていました。
このように、日頃は都市らしい活況も少ないペルセポリスでしたが、恒例の宗教儀式が行われる新年祭ともなるとにわかに活気を取り戻し、帝国の領土から貢物を手にした首長が次々と王の謁見を請いに訪れました。
つまり、ペルセポリスは王の権威を誇示するために建設されたものであったようです。
ペルシャ帝国の滅亡
このように栄華を極めたペルシャ帝国でしたが、紀元前330年にマケドニアのアレキサンダー大王に占領されて終焉を迎え、首都ペルセポリスも戦火に巻き込まれほとんど廃墟と化してしまいます。
現在では、わずかにクセルクセス王の手による「万国の門」や、儀式などの際訪れた使者に王が謁見した「謁見殿」、初代王ダレイオス1世の宮殿などが残っています。
写真でよく目にする20メートルもの高さがある白亜の石柱や、石柱に刻まれたアケメネス朝美術特有の美しい彫刻などが往時の栄華を物語っています。
世界遺産登録基準
ペルセポリスは、世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと認められて、1979年10月に登録がなされました。なお、英文の邦訳は社団法人日本ユネスコ協会連盟オフィシャルサイト掲載のものをそのまま引用しています。
(i) 人類の創造的才能を表す傑作である。
(iii) 現存する、あるいはすでに消滅した文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること。
(vi) 顕著で普遍的な価値をもつ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または明白な関連があること(ただし、この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。

